【初代たいそうのおにいさん】砂川啓介さん尿管がんの為死去

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今回は悲しいお知らせです。

初代たいそうのおにいさんであり、俳優でもある砂川啓介さんが、尿管がんの為なくなったことが7月18日に明らかになりました。

砂川啓介さんの今までの活躍も含め、記事とさせていただきたいと思います。

【祝】だいすけお兄さんのレギュラー番組がスタートするそうです!

詳しくは下記の画像をクリックしてください^ ^

砂川啓介さん死去【報道内容まとめ】

まずは、7月18日に報道された内容をまとめてみたいと思います。

砂川啓介さん(本名:山下啓一さん)は、1961年4月~1969年10月までの8年半、初代たいそうのおにいさんとして活躍をされていました。

1964年には番組共演をきっかけに、「ドラえもん」の声優さんとして特に有名である大山のぶ代さんとご結婚されています。

死産、早産の経験で、現在お子さんはいらっしゃらないそうですが、夫婦仲はとてもよく、砂川さんは大山さんのことを親しみも込めて「ペコ」と呼ばれていたそうです。

そんなご夫妻でしたが、2008年には大山さんが脳梗塞を患い、2013年には砂川さんも初期の胃がんが見つかり、切除手術を行ったこともありました。

また、2015年5月に砂川さんが開かれた記者会見で明らかとなりましたが、大山さんは認知症を患っており、砂川さんは介護にあたっていました。

夫婦の絆を深く感じる会見で、私たちに感動すら与えてくれた砂川さんでしたが、そんな砂川さんも2016年4月に今度は尿管がんの診断を受けてしまうことになりました。

胃がんが転移していたのでしょうか…このことがあり、砂川さんは大山さんを老人ホームに入所させたそうなので、治療に励む日々が始まったのでしょう。

1年以上の闘病生活の末、2017年7月11日の午前4時10分。

砂川啓介さんは東京都港区の病院内で静かに息を引き取りました。

80歳だったそうです。

砂川さんの遺志により、家族による密葬が既に行われたと報道にありました。

ネット上でもそうですが、大山さんを心配する声も多く上がっています。

砂川さんとしても、大山さんのことが一番気がかりで、無念であったことでしょう。

砂川さんの死が大山さんにどれほどの影響を及ぼすのかは計り知れないほどのものではありますが、愛する人を失ってしまった今、そっとしておいてあげてほしいものです…。

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砂川啓介さんの活躍【まとめ】

続いて、追悼の意味も込めて、砂川さんの活躍を簡単にではありますが、まとめさせていただきました。

砂川さんの芸能界デビューは「たいそうのおにいさん」としてのデビューではなく、高校生の頃。

東京都内の男子高校、成城高校に在学中の頃、「足摺岬」などの社会派映画に数多く出演されていたそうです。

高校卒業後には、演劇を基礎から学ぶために江口舞踊研究所に入所し、モダンダンスを習っていたそう。

その後、24歳の時に「初代たいそうのおにいさん」に就任。

1980年には日テレ系列の「お昼のワイドショー」という番組で6年間も司会をされていたのだとか!

1985年には劇団フジの舞台にも出演するようになり、活躍の幅を広げられていったそうです。

1986年から1年間ではあるものの、「砂川啓介 いま!朝です」という平日の早朝に冠番組を持たれていたこともあったようですよ!

テレビ出演だけでなく、ラジオや舞台、更には大山のぶ代さんに関する書籍も複数出版され、多岐にわたる活躍を見せてくれていた砂川さん。

現在のたいそうのおにいさん、小林よしひささんにとっても大先輩であるに変わりませんが、とても人当たりがよく、兄貴肌だった砂川さん。

よしお兄さんの前任にあたる、第10代目たいそうのおにいさん、佐藤弘道お兄さんは18日にアップされたブログで砂川さんについての胸中を明らかにされていました。

砂川啓介さんが中心となっていた「体操のお兄さん会」で、初めてお会いした時に「弘道、お前のお陰で俺はやっと体操のお兄さんの看板がおろせたよ!」とおっしゃってくれたのが、とても嬉しくて印象に残っています。

時々、一緒に飲みに行ったり、ゴルフに行ったり、別荘まで連れてってもらったり・・・

まだまだ一緒にいられると思ったのに、最後は黙って逝ってしまいました。

寂しいです。

砂川さん、ありがとうございました。

出典:「Hiromichi tea time」 https://ameblo.jp/sato-hiromichi/

親子ほどにまで年齢の離れたお二人だからこその絆があったのかもしれません。

「まだまだ一緒にいられると思ったのに」という部分に、弘道お兄さんの悲しみが詰め込まれている気がして、胸が締め付けられる思いです。

弘道お兄さんに限らず、砂川さんとお付き合いがあった方、そして砂川さんが「たいそうのおにいさん」として活躍していた時期を知っている方にとっても、本当に悲しい出来事だと思います。

奥様の大山のぶ代さんは、尚のこと、です。

多くの方に慕われ、数えきれないほどの活躍をしてきた砂川さん。

砂川さんの活躍と、そして弘道お兄さんをはじめとする10人の「たいそうのおにいさん」に与えてくれた強い影響力、そして大山のぶ代さんへの愛はこれからもそれぞれの心の中に生き続けて行くことでしょう。

末尾とはなりましたが、砂川さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。

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 この記事へのコメント

  1. サイナイ より:

    ふぅママさん、この記事を書いていただき、ありがとうございます。

    私は昨日民放の『News Every.』でこの記事の元になったニュースを初めて見ましたが、横山だいすけさんが卒業して、花田ゆういちろうさんと交代した後も当時はまだ生きていたのに…それはとても残念です。

    ご冥福をお祈りいたします。

    • ふぅママ ふぅママ より:

      こちらこそ、歴代たいそうのおにいさんのところに詳しく情報をいただきありがとうございます!

      本当に残念でしかないですね…
      一番無念に思われているのは砂川さんご本人だったと思いますが、それでも大きな悲しみがあります。
      ご逝去されましたが、これからも多くの方の心の中に残り続けてくれるに変わりはないでしょう…。

      • サイナイ より:

        返信ありがとうございます。

        ちなみに、砂川啓介さんの妻だった大山のぶ代さんは、1979年4月2日~2005年3月18日に放送されていたテレビ朝日版『ドラえもん』に登場する青い猫型ロボットの声を演じるまでには1971年4月5日~1974年3月29日までに3年間NHKの『おかあさんといっしょ』で放送されていた人形劇『とんでけブッチー』以前に登場した同名の元気な犬の男の子等の声を演じていたそうです。

        以上、情報提供でした。

  2. yy より:

    砂川啓介さんは半分歌のお兄さんだった感じですね

    • ふぅママ ふぅママ より:

      コメントありがとうございます。

      歌も歌われていたんですね。
      当時のことは存じ上げませんでしたが、大山のぶ代さんのことでテレビに出演されている姿を見て、砂川さんの生き方に感動を覚えることもあっただけに、とても残念です…。

      • yy より:

        40周年や50周年のCDで、朝一番速いのはの男声パートは砂川啓介さんが担当になっています

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